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「幸せ」の尺度2

家族の「幸せ」もいろいろある。その家族になってみないと分からないが、人は自分の家族と比較して「幸せ」そうと羨む。
また時間とともに家族の幸せは変化するが、その時は自覚しないまま時は過ぎてゆく。

私の子ども時代は周りの家族が貧しくそんなに違わなかったこともあり、羨むこともないまま過ぎていった。幸せを自覚するようになるのはずっと後になってからである。まず、進路で親は子供の出来不出来で「あのうちはいいわね。お子さんが申し分なくて」「お金があるからああいう私立に行けるのね」と、幸せそうな家族を夢見る。しかし、年を取ってみると必ずしもそれが子供のためでなく自分のための自尊心だったと気づく。
子どもの幸せは子どもが自由に過ごせて親の愛を感じること、「愛してる」と言われることである。未熟な親は心配し、干渉することで親の愛を示そうとする。しかしそれも時間とともに無駄であったと分かるのだ。とにかくなるようにしかならない。

今自分の夫も親も亡くなり、子供たちは独立し、別のところに住んでいるので時々お孫さんと一緒に暮らしている人がいるといいなと思う。幸せねとも思う。でもいざ自分が孫と一緒に生活するとなるとあわただしくなり、自由がなくなるのではと杞憂してしまう。
だから一見幸せそうなお孫さんと一緒のおばあさんとかをみても内情がいろいろあるんだろうな~と感じて一概に幸せとも言えないかもと思ってしまう。

それと、私の子ども三人は全員適当な時期に結婚して子供をもうけたが、私と同年でもまだ息子や娘が家にいると愚痴を言う人も少なくない。
そういう方は「あなた幸せね。お子さんが片付いて、お孫さんもそれぞれいらして」と言う。また兄弟姉妹で下の子が結婚しないまま片親と住んでいて結婚しないとやきもきしつつも年齢を重ねていくうちに介護してもらわないと生活がなりたたなくなる。それも大変だ。
下の娘と二人で同居していた時、彼女は私に「このままいくとお母さんとずっと住むことになってしまう。早く結婚したい」と言った。
彼女はうつの時期があり、そう言うようになった事は私としては悲しいけれどうれしい事であった。

私の子育てで忙しい時は早くこれ(子育て)が終わらないかと思って過ごしていた。今真っ最中のママたちや若い家族を見ていると「幸せ」を感じる。あの時はもう帰らないがなぜもっと余裕を持って子どもたちと接しなかったのかと、よちよち歩きの赤ちゃんを見てほほ笑む私がいる。子育てを早く終えようと何に急いでいたのだろう?幸せはその時あったのに。
続きはまた今度。

(この前の水彩教室で。デッサンなしでぶっつけで色を塗った)
「幸せ」の尺度2_a0105185_16080863.jpg
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by sakua3619 | 2018-02-07 16:14 | 日常の日々 | Trackback | Comments(0)

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by sakua3619
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